始業式も終わり、夏休みで人気のない気配を残した廊下の突き当たり、
大人数を収容できる視聴覚室にカーテンがかかっていたのを見つけて漸く目的の人物を忍足は発見した。

クーラーの効いた閉めきられた暗室は、忍足の後ろから差す光さえもどこか違う空間へ切り替える。
薄っすらと首筋から汗が流れた。その言い知れない空気に少し入るのを躊躇った。

「こんなとこにおったんやな。」

 まだ夏の意欲を残した日差しに早く涼みたいと早々に式を切り上げた教師に感謝し、
下駄箱へ向かっていると、ふと携帯のメールがなった。
呼び出すだけ呼び出しておいて場所を告げないこと自体ありえない。
忘れていたとかならまだしも聞いて返事が返ってこないのもおかしい。
いくら己が目立つとはいえ、人がいなければ動きさえつかめない。
忍足はこの場所を見つけるのに、殆ど人気のないだだっ広い校舎をほぼ一周する派目になった。

 部室か屋上か思ったから探したわ。と言いながら、
漸く暗室独特の密室感に慣れた忍足は、開けていた戸を閉めた。
呼び出した当人の跡部は振り返ることもなく返事をする事もなくスクリーンを見ていた。
なんや、返事もなしか、と軽く息が上がるままに忍足は小さく一人ごちた。
当然ながら誰もいない貸しきりとなった映画館のような造りの視聴覚室の階段を下りる。
目の前の巨大なスクリーンは忍足が以前から見たいと言っていて
部活や試験で見ることが出来なかった日本ではまだDVDになっていない映画だった。

 一学年は収容できそうな広さのど真ん中にいる跡部の横へ腰を下ろした。

「字幕なしか。」
「・・・取り寄せたからな。」

 ずっと黙っていた跡部が漸く口を開いたことに、少しほっとした。

 一年の殆どを日本で過ごしているにもかかわらず帰国子女さながらの流暢な英語を話す彼なら、
字幕などなくてもわけなく見れるだろう。
流石に、いくら忍足の成績がいいとはいえ、中高レベルだ。
リスニングも英会話という英語とは別の会話メインの外国人教師の授業であっても、
ネイティブに喋れるわけではないから早すぎる映画の会話を完全に理解することはできなかった。
せいぜい最後の一言を聞いて日本語に変換するのがやっとだ。
 どうせならこんな中途半端やなくちゃんと字幕付で見たかったなぁ、
と殆ど内容のつかめないまま流れる映画から視線だけを跡部に移した。

 この男がこんなラブロマンス系の映画を見るなどありえないから、
恐らくこれは自分のためなのだろうなぁと思う。
けれど、頭から見せないのは映画を見たいが為でも見せたい為でもない。映画は口実だ。
この自己中で暴君な彼が、相手のためだけにこんな所を貸しきるようなことは滅多にしない、
いや、少なくとも男である忍足は今まで一度だってしてもらったことはない。
相手が女なら別かもしれないが。
けれど、そもそもそんなことを跡部にして欲しいなど望んでない。それは跡部だってわかっている。

 何か跡部にしては珍しく言い淀んでいる、もしくは言うことを迷っているのだろう。
この部屋へ入り込んだ時の言い知れない空気は、暗室の所為だけではなかった。
場所を言わない呼び出しのメールも、探し出す時間さえも、
跡部にとっては切り出すまでの執行猶予なのだ。

こんなまわりくどいことをしてまで言い出すタイミングを自分の中で計っている、
というよりは言いたくないのだろう、潔い跡部にしては本当に珍しいことだった。
だから言われる内容がなんとなく予想できてしまった忍足は、
同時にそれに対する気持ちの切り替えもすませてしまった。
そして、言いにくいことを言わずにそれを上手く交わしてしまう自分に比べると、
この横にいる真剣にスクリーンを見る蒼い目の裏でしきりに思案している男が、
可笑しくもあり、可愛くも思えた。

 字幕のない映画と沈黙の空気が少しばかり居心地が悪かったが、それでもらしくもなく色々と考えているだろう跡部を思い、忍足は彼が口を開くのを黙って待つことにした。

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